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筒井康隆作品を読む 秋

 

【フェミニズム殺人事件】

すぐ読み終わるかと思いきやなかなかの長編推理もの。舞台は南紀。

ハイブランドのファッションに身を包む優雅な男女、地元の旬の食材を使った特別料理、逗留客の織りなす知的な会話。なお主人公の嗜む葉巻の銘柄はVOGUE。ハイソサエティの香気漂うこの密閉されたリゾートホテルに夏の余暇を楽しもうと人々は集まってきたのだが、楽園のような日々は一転一人また一人と滞在客が殺されてゆく。

途中までクリスティ的なミステリー仕立てを楽しんでもいた。登場人物をポワロやトミー&タペンスに見立てたりしながら。しかし次第にそうしたものよりも華やかなリゾート風景の裏に潜む地方の毒々しさや土地の暗黒面を見せつけてくるのは流石の筒井康隆である。

元来食いしん坊な自分は筒井氏が腕(というか筆)を振るう美食面にも惹かれてしまい少々困りもの。鬼平犯科帳を見ていても劇中の鰻によそ見してしまう憎いパターンが殺人事件の合間に幾重にも見え隠れし。

ストーリーが進むにつれ帆立、鱸、鱧や舌平目はもちろん海辺で取れたタコまでもが美食メニューとして調理されテーブルに乗せられうやうやしく読者の前を通り過ぎ、シャンパンはモンラッシェというこれまた世紀の美酒で登場人物たちはこれを水代わりに喉を潤しているのだ。

それにしても加藤コック長の作る伊勢海老と野菜のアスピック(ゼリー添え)の描写の美しいこと。実在する料理か分からないながら自分なんかも一度は食べてみたいと思わせるのは見事のひと言に尽きる。それにこのホテルではウェルカムドリンクにアイス・ティーを持って来てくれて。読み終わると妙にのどが渇くし空腹感を覚えます。

 

追記 キング・クリムゾンの【太陽と戦慄】の原題が、ラークス・タン・イン・アスピック(雲雀の舌のゼリー寄せ)なのですがグルメ的食指は動かなかった。雲雀が食材というのがどうも現実味がなく落ち着かないというか・・・。

 

 

筒井康隆全集 

 

【時をかける少女】

高柳良一と原田知世のシュールな演技はいつまでも心に残る。ザ・タイガースのサリーこと岸辺一徳が演技畑に来てまだ日が浅いのか台詞が棒(それが彼の良さ)というより監督の意図だったのかも知れない。

ともあれ大林亘彦による80年代の映像が鮮烈過ぎてあまり話の筋を分かっていなかったので、ここでじっくりと原作を読もうという事に。原作にメロンは出てこなかったけれど十分面白い。ヒロインや周囲にふりかかる災害のエピソードや高柳くんの演じた深町一夫と両親の関係性など、映画とのちょっとした違いも見つけつつ、ラストの茫洋感に包まれたヒロインの心象は小説、映画に共通していて駆け抜けるように読み終わった。そして読むとまた映画を観たくなる原作だなあと、風雲児角川春樹の戦略に今頃はまっている。高柳良一は眉村卓原作のSF「ねらわれた学園」にも出演している。

 

今江祥智の解説(あんまり解説になっていないと本人も省みつつ面白いエッセー)も屈託のない思い出話や筒井氏にパロディを希望する児童書のリストなんかは興味深いし、今江さんのおおらかさを思う。チキンライスを子供、オムレツを大人のメニューに見立て、二つを合わせたオムライスのくだりは筒井作品を児童文学と文学の越境と例えたもの。今江さんならではの美味しい視点だと膝を打った。

(以上第4巻)

 

【家族八景】

これは1995年頃だったか、フジテレビのドラマ「木曜の怪談」シリーズの【怪奇倶楽部】(当時少年だった滝沢秀明が主演)が終わってしまい残念に思っていたところ、新作【七瀬ふたたび】を渋々見た記憶が始まりのような気がする。水野真紀が七瀬を演じていた。ところが真面目に見ないのでストーリーはまったく覚えていない。それどころか筒井康隆原作とも知らなかった。かなり後になって七瀬三部作なる構成で書かれた作品と認識し、今は折角なので三部作まとめ読みしようと今作から始めることに。

人間の心を読むことのできる異能の家政婦火田七瀬。彼女は次々と住み込み先を変えつつも、おのおの家庭内での出来事や家族の心象を傍観するのが常である。よく働き若く不美人でもないその存在が家庭を崩壊させるケースも。

家政婦は見たではなく、そのテレパス能力的の為に瞬時に理解できてしまうため雇い主の家庭像に幻滅(または絶望)するのも早い。そんな事だから多少のグロテスクさはあるものの短編が連なっている物語構造が自分には有り難かった。

(以上第11巻)