何となく思い出す

 

クリストファー・プリーストの隣接界をAmazonからレコメンドされたのは多分おととしだったと思う。アーサー・C・クラークやハインラインやスタニスワフ・レムを探索してはいたけど。だから貴方はプリーストも好きなはずとお薦めされたのかも知れないが、はっきり言ってプリーストを知らなかった自分には戸惑いしか無く。でも調べるとデビュー当時の横顔がイアン・マクドナルドに見えたので、折角だし初期の伝授者から読んでみようという気になった。今はもう廃刊となったサンリオSF文庫。

 

 

南極の地下深く存在する政府の研究機関。そこから時空を超えて誘拐され、不可思議な出来事に遭遇する主人公。最終的な決断を下した彼の行く末は信頼できない語り手から読み手へ託され、物語は呆気なく幕切れを迎える。大変に油断のならない作風が持ち味の本国イギリスでも人気の高い作家なのだとか。ところで似ているイアン・マクドナルドというのは元キング・クリムゾンのほうでSF作家のイアン・マクドナルドではない。念のため☆

 

登場人物が誘拐され言い知れぬ不安の中に身を置くという意味では、失われた地平線も伝授者に負けてはいまい。とは言え主人公コンウェイだけはシャングリ・ラの空気が肌に合うようで、西洋文明人が東洋思想を理解し吸収してゆく様は伝授者エリアス博士のマインドとは真逆である。ところがこの物語も信頼できない語り手が最後の段になってコンウェイを物理的にも精神的にも行方不明者にしたまま頁が尽きてしまったのには驚いた。しかも作者は名作「チップス先生さようなら」や「心の旅路」でおなじみのジェームズ・ヒルトンなのである。格調の高さを損なうことなく作風の懐が思った以上に深いストーリーテラーと気づく。


・・・結局「信頼できない語り手」が暗躍してくれるのが私にとっての面白い小説なのではないかと。

そんなところへ子午線の祀りである。木下順二の1978年の戯曲。あの夕鶴と比べると真新しいイメージがありながらも、もう30年前の作品だものね。直近の上演では中納言知盛役が野村萬斎。木下戯曲の上演の是非については、封印を解くのは常に山本安英であったはずなのだが・・ただ今は両名とも他界して久しいので、萬斎さんが知盛を甦らせてくれるのは有り難くもあり頼もしい限り。

下関と門司の間わずか600余メートル。九郎判官義経が海戦の砦に選んだ満珠島、干珠島。繰り広げられる源平の激闘。突如潮流の変化にもろくも崩れる平家の軍勢に押し寄せる逆流、怒濤の反撃の手を緩めない源氏。壇ノ浦のフィナーレに至っては古語で描かれ、突如出現した異次元の中でカタストロフィを迎える読者を一瞬戸惑わせたりもするのだが・・。

さて今作においては例の信頼できない語り手なのではなく

①宇宙科学の摂理「神」②琵琶法師の歴史的な伝承 ③影身内侍の時空をさまよう魂 など複数の語り手の集合体とその視点によって構成される。そのために歌舞伎、能楽、劇団民藝から名だたる役者を選り抜き、山本安英を中心とした世界が創られたかと思うと、この戯曲の祝祭性と相まって畏怖の念を抱かずにはいられない。なお脇役で登場する悪七兵衛景清(平景清、藤原景清とも)は後年、幸若舞や浄瑠璃、ゲーム「源平討魔伝」のキャラクターとしても現代人には親しまれている存在。